07/28の日記

12:11
鹿鳴館パロ 10
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絳攸はあまりの暑さに寝付けず、汗で張り付いた前髪を忌々しげにかき上げた。
枕元に置いていた舶来品の懐中時計を月明かりに翳す。
草木も眠る時間に差し掛かった頃合で、まだまだ夜明けにはほど遠かった。

絳攸は連日の猛暑に辟易していた。
唯一の救いであった夜も、最近では日中と遜色ないほどに暑く、さらに絳攸を苦しめた。
夜は眠れず、食欲もない。
毎日何をするにも億劫で、ただただ無為な時間を過ごしていた。

じっとりと肌に張り付く夜具に嫌悪し、身を起こす。
庭に下りると温い風が頬をかすめる。
その僅かな涼に救いを求め、目を閉じ黙って享受する。
そんな時、深夜にもかかわらず力強く啼く蝉の声にまぎれ、隣の楸瑛の部屋から物音がしたような気がした。


※ 


「外出するから準備をしなさい」


陽も西の空に傾きつつある薄暮、楸瑛は仔細を言わず絳攸を連れ出した。
ほどなくして太鼓や囃子の音頭が賑やかに響き渡り、人々の楽しげな声が辺り一帯を支配していた。
夏祭りが催されており、たくさんの出店が立ち並び、大勢の人で賑わっていた。
そんな人の波を避け、絳攸の手をとり「こっちだよ」と楸瑛が誘う。

着いたのは川の岸辺に佇む、船着場だった。
川には夏祭りとあって、いつも以上の船が浮かんでいた。
舟遊びは徳川時代から続く庶民の娯楽だ。


「猪牙船に乗るのか?」

「まさか。猪牙船だと外から丸見えだよ。君も大胆だね」

「・・・・・おい、何する気だ」


楸瑛はその問いには答えず優雅な笑みではぐらかし、船頭に声をかける。
あらかじめ準備されていたのだろう、四方を障子囲み、切妻の屋根が乗った船が絳攸の目の前に泊まった。


「屋形船・・・。これに2人で乗るのか」

「狭いのは苦手なんだ」

「道楽の極みだな」


西洋貴族の様に、優雅な所作で呆れる絳攸の手を取り、先に乗るように促す。
中に入ると屋形船としてはそれほど大きくはないが、それでも猪牙船に比べると格段に広い。
卓には2人では食べきれないほどの酒肴が用意されていた。


「こんなに沢山、誰が食べるんだ」

「いいから食べなさい。君、最近ろくに食事もとってないんだろ」


すべてお見通しといった然が気に食わず、絳攸は思わず顔を顰めた。
だが卓にのった料理はのど越しの良いものが多く、絳攸の箸もすすんだ。
加えて川床は思った以上に涼しく、体の火照りが徐々に静まってゆく。
楸瑛は料理には手をつけず、酒を片手に絳攸の食する様子を満足げに眺めていた。

(・・・・・自分を心配してくれたのだろうか?)

楸瑛の視線に居心地の悪さを感じ、絳攸は目を合わすことなく黙々と食べた。



卓の料理も半分ほど食べ終わったところで絳攸は箸を置いた。
手にしていた杯を飲み干すと、楸瑛は絳攸の杯を取り上げ卓に置いた。
向かいに座っていた楸瑛は卓をずらし無言で覆いかぶさってくる。
絳攸の抗議するような視線を気にする様子もなく、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねた。
初めは啄ばむように何度も何度も、角度を変え口付ける。
次第にそれは深いものとなり、楸瑛の舌が絳攸の口内に侵入し、歯列をなぞるように舌を這わせてゆく。


「・・・・っ・・んっ・・」


上手く呼吸が出来ず苦しげな絳攸を気にせず、さらに舌を絡ませ口内を蹂躙する。
乱れた袷に手をいれ、強引に衣を引くと白皙の肌が露わになる。
その白すぎる首筋に唇をあて、紅い花弁を散らしてゆく。
首筋から鎖骨、胸にさしかかろうとした時、楸瑛の肩を押し、制止する。


「これ以上は駄目だ」

「・・・それを決めるのは君じゃないよ」


そう言って絳攸の頼りない両腕を片手で易々と捕らえ、頭の上に固定する。
身を捩り抵抗する絳攸の努力もむなしく、再び楸瑛の舌は肌を這い、紅く熟れた胸の飾りを掠めるように舐めた。


「っ・・あっ・・」


舌のざらりとした感触に絳攸の体がビクンと大きく跳ねた。
片方の手が裾を乱し、絳攸の太腿を撫でる。
その手をさらに中心へとゆっくり進めていった。

そんな時、絳攸に助け舟をだすように、天を突くような裂音が耳に響いた。


「ああ、花火が始まったね」


楸瑛は手を止め、障子を半間ほど開ける。
そこには夜空に大輪の花が煌めき、刹那の美を誇っていた。

楸瑛の手が離れたのを機に、絳攸は顔を真っ赤にして船の端まで逃げていた。
潤んだ瞳に、首筋に咲き乱れる紅い花弁、浴衣は乱れ裾から覗く白く艶かしい足があまりに扇情的で楸瑛は眩暈がした。
近づこうとすると絳攸は体全体で警戒心を露わにし、逆毛たった猫のようだった。
まるで自分が生娘を犯そうとする悪代官のようで楸瑛は苦笑した。


「まったく。今日はここまでで許してあげるよ。・・・・・その代わり・・・」


そう言って絳攸の手をとり、強引に引き寄せた。
楸瑛の足の間に降ろされ、後ろから優しく抱きしめられた。


「これくらいはいいだろ?」

「・・・・・これ以上、余計なことはするなよ」


解ってるよ、と楸瑛はため息を一つつき、外から響く列音に顔を上げる。

楸瑛を慰めるようにまた一つ大輪の花火が夜空を飾った。




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