08/06の日記
10:10
鹿鳴館パロ 11
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この世の中は解らない事だらけだ・・・・・
いかに西洋から進んだ品物や思想が入ってこようと、すべてを理解するには遥か及ばない。
何故、こんなにも空は青いのか
何故、咲き誇る花は美しいのか
何故、何故、何故、・・・・・
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手にした本に愛用の栞をはさみ、大きく背伸びをする。
室内は薄暗く、外を見ると太陽が半分ほど西の稜線にかかっていた。
思ったよりも長い時間本を読んでいたようだ。
絳攸は部屋を見渡すと、いつから居たのか、洋装を纏った藍楸瑛が壁に凭れ掛かり書類を捲っていた。
藍楸瑛は外泊が多く、常に屋敷にいるわけではないが、家にいる時間の大半は俺の部屋で過ごしていた。
特に何を話すでもない。俺は終始本を読んでいるし、あいつはもっぱら仕事をして過ごした。
初めは何をされるのかと警戒したが、慣れとは恐ろしいもので1ヶ月もすると警戒心も和らいだ。
今では互いに干渉せず、この距離感が不思議と嫌いではなくなってきた。
まれに暇潰しのような戯れをしかけてくるが、俺が本気になって抵抗するとそれ以上は触れてこない。
俺ははっきり言って弱い。
あいつが本気になれば俺の抵抗など、なんてこと無いはずなのに決して無理はしない。
金で飼われた自分がどんな扱いを受けるのか、幼少期に市井で育ったので、ある程度想像がついた。
家畜以下の扱いを受けるなんて珍しい話ではない。
だが、あいつは大金を払ったわりに俺になにも求めてこない。
それどころか、大切に扱われているような気がする。
目の前に居る理解しがたい男を一瞥し、溜息を一つつく。
「夜会にいくのか?」
「そろそろ顔を出さないとね。ご婦人たちからの再三のお誘いを無下にはできないし」
楸瑛は手元の書類から顔を上げ、微笑を浮かべる。
何度か鹿鳴館に行ったが、こいつほどフロッグコートを着こなしている華族はそうそういないと思う。
癪なのでそんなことは絶対言わない。
楸瑛は優雅な仕草で藍色の髪紐を差し出した。
「髪を結っておくれ」
「ああ」
俺の唯一の仕事は、藍楸瑛の髪を結うことだった。
俺は決して器用とはいえない。
だが、どんなに不恰好な結び目になろうと楸瑛は文句ひとつ言わず、そのまま外出する。
藍がかった黒髪を柘植の櫛で丁寧に梳く。
癖のない真直ぐで艶のある髪が手の中でサラサラと踊る感触は嫌いではなかった。
「・・・・・何かついてるのかい?」
「え?」
何時までも髪を見つめたまま動かない俺に、楸瑛はいぶかしげな顔をした。
なんだか急に恥ずかしくなり慌てて梳く手を再開し、次の会話を探した。
「おっ、俺は他に仕事をしなくてもいいのか?」
「何かできるのかい?」
「・・・・・・・・掃除・・・とか」
「・・・・人手は足りているから結構だよ」
楸瑛は即座に辞退した。まぁ、普段の俺の不器用さを鑑みれば当然の回答だが。
楸瑛は俺に仕事をさせる気は無いらしい。
では何故、大金を払ってまで俺をここに置くんだ?
あいつに何のメリットがあるんだ?
「俺は何のためにここに居るんだ?」
ここに来てから何度も反芻した疑問が、口をついてでる。
ゆっくりと振り返った楸瑛と視線があう。
―――あ。まただ。
時折、楸瑛はこんな熱っぽい視線を俺に向けることがある。
俺はその意味が解らず、いつも視線を逸らし見ないふりをする。
「そうだね。・・・・プライドの高い紅の猫を飼ってみたかったからかな・・・・」
―――ちくり
なんだ?
一瞬、胸の奥に刺すような痛みがはしる。
「いい趣味だな。金があれば何でも手に入る、か・・・」
「金があれば大抵のものは手に入るよ。・・・・君も大人しく飼われてるのは金の為だろ」
―――ちくり
「・・・・そうだな。結び終わったぞ。早く行け」
「3,4日ほど家をあけるけど良い子にしてるんだよ」
そう言って楸瑛は俺を一度も見ることなく部屋をでた。
また、ちくりと胸の奥が痛んだ。
何故、こんなにも胸が痛むのだろう。
何故、あいつの一言一言にこんなにも振り回されるのか。
この世の中は解らない事だらけだ。
何より、自分の心が一番わからない・・・・。
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