逕庭の猫
□節分「福は内」の戦い
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今朝はいつものように、気怠い大きな欠伸で俺の一日が始まった。
にゃおぅ、と鳴けば高い俺の猫の声は響く。鳴きついでに鼻をすん、とならせば、棚に並べられた升の中から炒った豆の香ばしい匂いがする。それも一つや二つの升ではない。ずらりと並べられたそれは、もしかしたら人数分あるのかもしれなかった。
うきうきと賑わう祭り好きの連中の足下、つまりは廊下の隅で俺は行き交う様子を眺めている。
時折喉を撫でる手に応えてやりながら、俺は来るだろう騒動の予感に、しかし眠気には勝てずまた大きく欠伸をこぼした。
閑話・3 節分「福は内」の戦い
「Are you ready guys!?」
「「「イェー!!」」」
腹から絞り出された大音量の政宗の声に俺はびくりと飛び起き何事かと耳を立てた。
頭を上げてそっと音源を探れば、何やら大広間で政宗と、政宗の臣下達が一斉に拳を天井に向かって突き上げた所だった。皆一様に片手に豆が入った升を持っている。
異様な熱気に目を丸くし、俺は襖に隠れながら中を覗き込んだ。
「いいか、鬼は既に城内に潜伏してる。見事『福』を守りきった奴には金一封と三日の休暇を許可する!
こいつは政宗様からも許可済み、…つまり正真正銘の正式な賞品だ」
「「おおおお…!」」
低い小十郎の言葉にどよめきが走る。
「ちなみに鬼側には一日『福』を自由に出来る条件がついてる。勿論こっちも金一封に三日の休暇との引き換えでもOKだ!」
「「「おおおおおおー!」」」
広間が更なるどよめきに包まれた。金一封の金額の程は知らないが、『福』とはそれよりも良いものなのだろうか。
「筆頭ー!もし鬼が『福』を持っていっちまったらどうなるんですかー」
「Ha!よく聞いた。勿論持っていかれちまった場合…、
………面白いことになるよなぁ…小十郎」
「……は。」
くすくすくす、と不気味に政宗が笑う。いつものようににやりとではなく、笑い飛ばすわけでもなく、……だがだからこそ並んだ臣下達の背筋を震わせるには十分だった。
神妙な顔で頷く小十郎、しかしそんな顔をさせる程の『福』とは…本当に一体なんなのだろうか。
直接関係ないにも関わらず、ぶるりと俺の背筋までが震えた。
はぁ、と小十郎はそっと息を吐いて、腹を括ったかのように眉間に皺を寄せながら続ける。
「とにかく、守り切れ。
鬼側は手練だらけだ、誰が相手だろうと容赦はするな。期限は二刻後、その時点での判定にする。『福』を所持している奴が今回の権利者になる」
小十郎の言葉に乱れはない。
まるで、その言上は戦のようだと思う。ただし、手に持っているのは炒った豆で、戦場は城内だが。
「開始の合図ですぐ始まる。……OK、小十郎」
しっかりと並び意気込んで拳を握り込んだ連中の顔を眺めてから、政宗はにんまりと満足そうに笑ってしっかりと頷いた。
小十郎の低い声が開始を告げる。それと同時に、俺の視界が白く染まる。
…これが、俺の受難の始まりだということに、その時の俺は気付くことはなかった。
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