逕庭の猫

□なんでもない日
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 鳥が鳴き出す頃俺は目を覚ます。
 早朝特有の冴えてやや冷たい空気が心地よく、俺は大きく伸びをした。
 一度尾を大きく振り、まだ眠気も覚めやらないが、顔の毛並みを整えて耳もついでに拭う。俺のためにとほんの僅かに開けられた襖の向こうには、白い雲が空の殆どを覆っていた。朝霧がもやもやと白く庭先の木を包む。しばらくすればそれもおさまるだろうが、どうにも今朝は快晴とはいかないようだ。
 ひげにまとわりつく湿気が気になる。雨の気配はまだないが、夕方頃にはひとあめくるかもしれない。

 ちゅんちゅんとすずめが鳴く気配。

 日はまだ昇り始めといった頃か。障子の隙間から太陽の位置を確認する。
 白い雲に覆われ、しかしそれでも強い光を放つ太陽は眩しく空を飾っている。

 不意に背後で寝返りを打つ気配を感じて振り返った。黒く艶やかだがやや癖っ毛な髪が布団から覗いていた。向こうを向いてしまったのか表情は伺えない。
 昨晩ほったらかしたままの眼帯が、昨晩記憶していた場所よりも離れた場所に落ちていた。

 にゃあ、と鳴いた。政宗は寝返りを打ったまま反応はしない。

 政宗は寝起きが正直お世辞にも良いとはいえない。自分に正直な性質で、楽しみな事(例えば、真田幸村との決闘なんかだ)でもない限り自主的に早起きをすることはない。
 聞いたところに寄れば戦の気配はまだしばらくないようだ。今日も今日とて退屈な政務が待っている。そう思えば朝のひと時ぐらいは自堕落でもいいではないかという表れなのかもしれない。
 そうでなくても、たとえ政務中だろうがなんだろうが気だるそうであることは変わらないが。

(…まぁ、今日は日向もあまりなさそうだしな)

 もう一度障子の向こうへと視線を送る。白けた空に白く輝く太陽、木の枝で小鳥が鳴いている。
 俺は大きく欠伸をした。
 尾を揺らしながら外から視線を反らして小山のようになった布団を回り込んで、眠る政宗の側でまた小さく深い眠りを邪魔しないように鳴いた。
 わずかに政宗の瞼が開く。本当に僅かに、また今にも夢に落ちていきそうな程度の覚醒だ。
 その胸元に頭を突っ込めば、僅かに上掛けが上げられて隙間を開けられる。潜り込んで一度くるりと回り、それから落ち着いて政宗の肩へと顎を乗せた。
 ふぅ、と知らずに息を吐けば、政宗がかすかに笑った気がした。

 そして二人揃って目を閉じる。
 抱きこまれるように背に腕が回る、眠気の所為か高い体温の温もりに大きく欠伸をして、襲いくる眠気に身を任せた。




 夢の中で、そしてきっと起きてからも。今日も俺は政宗と共に、そうして何でもない一日を送るのだ。


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