逕庭の猫

□政宗の猫
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「久しぶりじゃな」


 俺は暖かな縁側で、懐かしいその声を聞いた。
 伏せていた耳を、脚を、身体を起こし、大きく欠伸。

 去っていく一つの足音は、ただ案内してきただけの者だったか。独り残された声の持ち主はその場に留まり俺を見下ろす。

 俺は振り返らない。まだ暖かい日差しのある庭先へと視線を流したまま、足先を、背を大きく伸ばせば首の鈴が主張してちりりと鳴った。政宗から貰った、所有を表す首輪の鈴。
 躊躇したような気配は返事が戻ってくるのをじっと待っていた。
 懐かしい背後の気配に何時ぶりだったか脳裏で日数を数えてから、俺は漸く振り仰ぐ。


「……あぁ、久しぶりだ」


 尾を伸ばして応えてやれば、懐かしい気配が、懐かしい笑みを浮かべた。

 来ることは政宗から聞いていた。否、そろそろなのだろうということを、感じ取っていた。

 本当に、何時ぶりだったろうと息を吐く。この間のようで、数えてみれば随分な日数が経っている。

「本当に久しぶりだな。…爺さん」
「元気にしておったか、藤雪」
「あぁ」

 隣へと腰を降ろすのを視線で追う。暖かな日差しと静かな庭先、しんと静まった、けれどどこか暖かく穏やかで優しい気配。
 あぁ、こんな感覚は久しぶりだ、と俺は懐かしい感覚に胸を打たれて空を見上げた。久しぶりの再開に気でも使っているのか、城内は静かで、わかる範囲に人の気配はあまりない。
 日差しが暖かいのもあるのだろうが、それだけではないだろう。

「伊達殿は良くしてくださっておるかのぅ」
「あぁ、あいつはあいつなりに、俺を大事にしてくれている。」
「そうか。藤雪は、伊達殿が好きか?」
「そうだな。嫌いならこんな騒がしいばかりの場所なんぞとっとと逃げ出してるかもしれんな」

 ふふ、と爺さんが可笑しそうに笑う。
 ちらりと視線を爺さんへと動かせば、笑みを浮かべながら目を瞑り、日差しの中で俺の言葉を満足そうに聞いていた。

「やはり喋ったとしてもおぬしはおぬしなのじゃな」
「…どういう意味だ?」
「いや、どうという意味もないよ。
 ただおぬしは、わしが思っていたように義理が堅く、誠実なよい猫だと思っただけじゃ。
 他の猫は話し掛けても応える気も無く相手にもしてくれんでな。」

 思い出しているのか、くくと苦く笑う様に俺は呆れて、だが同じように苦く笑う。

「俺は、猫としては変わり者なのだ」

 それを自覚したのはいつだったか。昔のようで、今気付いたことのようにも思える。
 しかしだからこそ長寿も言葉も得られたものだったのかもしれないと思えば、多少の違いなどなんでも良いと思えるのだ。
 言葉が通じるという素晴らしさは身を以って実感をしている。猫と人という異質の存在をわかち合えるかのような錯覚が心地よいのだ。
 俺は人が好きだ。それ故に変わり者と称されても別に苦になりはしなかった。

 確かに、そこらの猫とは毛並みも尾の長さもちょっと違っておるのぉ、と軽口を叩く爺さんに、俺はまた苦笑してみせた。
 猫にも千差万別の種類がいる。以前、おそらく南蛮渡来の舟にでも紛れて乗っていたのだろう長い毛の猫を見かけたことがあると言えば、爺さんは目を丸くしてほほぅ、と感心した。

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