逕庭の猫

□猫と主従と畑と狩りと
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 天気は快晴、温まった空気と柔らかな日差し。


 何時もならば眠気にかまけて睡眠を貪るところだが、なんとなしに気が向いて、なんとなしに気分が良かったから、俺は縄張りの確認と、暇つぶしの散歩をしていた。
 とは言っても縄張りを荒らすような奴は今の所、政宗の城敷地内であるここには不在である。紛れ込むような奴も滅多にない。
 木の幹に身体を擦り付けながら庭を横断する。
 時折すれ違った見張りの兵に撫でられる事もあれば、女中に抱き上げられたり、政宗に呼ばれて続行不可になったりもいつもはするのだが珍しく今日はそれもない。
 石の足場を難なく歩き、茂みに潜って次の場所へ。鳥は相変わらずこちらを見ることもせず、木の芽を啄ばみ、やがて飛んでいった。
 まっすぐ進めば小十郎の畑がある。毎朝毎晩、雨の日も雪の日も嵐の日も、小十郎がその厳つい顔に似合わず欠かさず丹精込めて愛情をそそぐ野菜畑。
 政宗曰く、『前田の奴等が食べたがるぐらいに美味い野菜』らしい。そうは言われても俺が野菜を食うことは無い。無論、政宗が誉めるのだから美味いことは間違い無いのだろう。しかし前田とは一体誰なのだろうか。余程の美食家か何かか?
 そういえばここ最近、よく小十郎が野菜畑を気にしていた。いつもの事だが最近は特に。何かに荒らされたりしているのかもしれない。ついでだからこの中も見回っておくとしようか。
 柵を越えて畑の中へ、実や花や葉を踏まないように、足の運びを気にしつつ、鼻をきかせて耳を澄ます。
 目の前に並ぶ葉はどれも青々としていて、俺には野菜の出来の良し悪しは分からないが、きっと良い出来なのだろうと予測する。
 鴉かもしれないな、とは思う。鴉は身体も大きく、その癖頭の良い奴だ。案山子も効かないとどこかで聞いた気がする。
 一先ず、足を止めて腰を落ち着けた。
 俺の視界には一面、平面に葉が並び、突出して何かの姿は見えない。猫でも犬でも鴉でも人間でも、生い茂った畑の並びとは言っても、背中を丸めたところで少しは見えてしまうはずだ。

(……虫だろうか)

 害虫ということばもあるぐらいだ。どんな種類がいるのか把握してはいないが、小さなものは駆除しにくいだろう。
 そっと、身体を伏せて茂みの中を覗き込んだ。
 太陽の光を奪い合う葉の茂みの中で、枝葉の隙間が僅かに見えた。光の当たりにくいそこは見えにくい場所では有るが猫の目には問題無い。



 不意にがさがさと音がした。至極間近で、程近い距離。


 人間に聞こえるかどうか、しかし俺の耳はがさがさ、がさがさ、と響く音を聞き逃さない。茂みというよりは畑の土を引き摺るような音だ。
 耳を伏せて欹て、屈むように身体を伏せてその方向へと視線を投げる。何かいるという確信はあった。がさがさと藪の中を何かが蠢いていて、しゅーしゅーと音がする。
がさりとまた草葉を掻き分けて姿を現したそれが、首を擡げて俺を見た。ちろちろと細い舌が伸びる。身体を覆う鱗と丸い目、身体は細長く手足が無い。じっと見遣れば、蛇もまたこちらへとじっと見遣り、またしゅーしゅーと音を立て始める。

 あ、と思うときにはそれはこちらへと素早く這いずり寄り、牙を剥こうと口を大きく広げ、俺はすかさずそいつへ前足を振り下ろした。
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