逕庭の猫
□節分「福は内」の戦い
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白く染まる世界。 ……改め、視界。
けほ、と咳き込んでから漸くそれが煙幕だということに気が付いた。もくもくと白くけぶり、一瞬にして視界が遮られ周囲から孤立する。
何事かと問う前に腹の下に手が差し込まれて一瞬の浮遊感に襲われ、それから、ぽすんと何かの布地に頭を押し付けられた。
「ちょっと息止めててねー」
頭の上から、声が振って来る。視界を遮られている所為か、その声の持ち主は容易に想像できる。だがその声の持ち主はこの場に本来いること自体がそぐわないと思った。
ぎゅう、と煙から庇うようにまた強く布地に押し付けられて煙幕とはまた別にそれがまたやや苦しい。
頭を上げて目を凝らせば、そこには予想通りの声の主。迷彩柄の忍装束と夕焼け色の髪、だがその顔には鬼の面がつけられている。
面の所為で顔立ちは定かではないが、その独特とも言える出で立ちは……どう考えても猿飛佐助だった。
「…佐助…?」
俺の呼び掛けに佐助は鬼の面を僅かにずらしてにんまりと笑った。確かにその顔は、確信がなかったわけではないが佐助のものだ。
少しばかり気障たらしく片目を瞑って見せ、それから煙に巻かれた広間を前に真っ直ぐ視線を向ける。
「先手必勝、『福』…いただきに来たぜ」
僅かばかり低くしたよく響く声で猿飛佐助は宣言した。どうやら佐助は既に『福』と呼ばれるものを手に入れたようだ。
「し、忍だ!」
「あいつ武田の所の忍じゃないか!?」
広間ではざわざわとざわめきが起こっている。
「鬼は手練ばかりだと言っただろうが」
「ま、早速猿が食い付いて来たのは計算外だったがな」
あくまでも冷静な小十郎の言に、くっくっく、と愉快そうに上座でゆったりと座り込みながら政宗が笑う。
普段よりその様には余裕が見える。いつもならば、……特に佐助が侵入していようものならば不機嫌だったり妙に騒がしくなる奴が、今は心底楽しそうにしている。いや元々起伏の激しい男だ、だがそれにしたって………奇妙だ、とそう思ってしまうのは仕方のない事だろう。
「何を企んでるんだか…、」
企んでいたところで、易々と中身を明るみに出してくれるわけがない。
「騒ぐのは構わないが、俺の周囲では静かにしていて貰いたいものだ」
「はは、そう言わないでもうちょっと付き合ってよ」
にこりと佐助も、政宗と同じように楽しそうに笑っている。これはいよいよ、本当に盛大な催し物になるようだ。
知らずそっと息を吐く。祭り騒ぎが好きな連中と共に暮らしていて、静寂を望むのは我が儘というものだろうか。だが多少望んだってばちが当たることはないだろうに…。
また、再度ふっと息を吐く。
「あ、ねぇ藤雪ちゃん。」
「…ん、なんだ?」
「『頑張れ』って言ってくれたら俺様目茶苦茶頑張っちゃうよ?」
至近距離、腕に抱えられながら佐助は俺に期待のまなざしを向ける。
首を傾げて見せる。何を頑張れなのかは皆目検討もつかない。鬼役というのだから………豆をぶつけられないように、ということだろうか。
「……まぁ、程々にな」
「程々に?」
佐助は、しつこく俺に微笑んで言葉を催促する。
「…、」
催促されると、何やら他愛もない筈の言葉が気恥ずかしく感じられるのだから不思議なものだ。
「………頑張れ」
「ありがとう藤雪ちゃん。俺様頑張っちゃう」
言うのと同時に額に佐助の唇を押し付けられた。
余程嬉しかったのだろう、あまりの喜々とした様が、もう少し真面目に言ってやれば良かったかと思ってしまう。
「っておい、調子に乗ってんじゃねえぞ猿!!」
同時に政宗の怒鳴り声と炒り豆が飛んで来た。
佐助は難なく豆を躱し、俺を抱えたまま走り始める。
「、こら。俺を巻き込むな」
「何言ってんの、賞品にされてる時点でもう十分巻き込まれてるっしょ」
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