逕庭の猫
□猫と主従と畑と狩りと
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「Ha,やるなぁ、藤雪」
思わず呟くと、側近の男はおもむろに怪訝そうに眉間に皺を寄せてこっちを見た。
「藤雪、ですか?先ほど散歩に出かけてここにはいなかったはずですが」
「あっちだ、あっち」
「はぁ…?」
俺がくつくつ笑うのを見て、同じ方向へと小十郎が視線を動かす。
眉間の皺が、遠くを眺めるようにして更に深くなり、それは面白いぐらいにはっと驚いたような顔になる。
視線の先には小十郎の畑があった。収穫を控えた野菜が並ぶそこから少し外れた場所で、黒っぽい毛玉と紐のように長いものが一匹ずつ。
それが蛇と藤雪であることはすぐにわかった。
長い蛇の胴体が、猫の身体に巻きつこうとして前足で祓われもんどりを打った。藤雪はすぐさま身を翻して距離をとり、身体を伏せてじりじりと蛇を睨みつけている。
…といえば響きはいいが、黒っぽい毛玉の猫の姿は、体と耳を伏せて、うきうきとした様子で後ろ足で距離を測っていた。
襲い掛かってくる長い胴体に怯む事無く、すばやく両前足で飛び掛り、蛇の鎌首に噛み付き転がって、揃えた後ろ足で懸命に蹴りつけるのが、馬鹿みたいに異常な程可愛い。
当人…じゃねえ、当猫と…それどころか当蛇にとっちゃ死闘かもしれないが、正直萌えだ。萌えとしか言い様がねえ。
藤雪も威嚇している様子も無く、完全に藤雪はお遊びmodeだ。
「おーおー、楽しそうだなぁ。」
にやにやするのも抑えることはせず、遠目から見守っておく。どうせ畑か何かにでもいたのだろう。猫の駿足なら確かに蛇に劣るはずが無いなとも思えば納得もする。
人間にとっては危ないものも、猫にとっては玩具か食糧かってところなんだろう。猫ってのは意外と勇ましいもんだな。
「……」
隣で唖然とする小十郎の表情がまた笑いを誘う。
可愛い外見をして、蛇をも狩るその様に唖然としているのが見て取れた。小十郎はこんな顔して可愛いものが大好きだからなぁ。知的で大人しく、普段落ち着いた藤雪と違う印象に衝撃でも受けてるのだろう。
くったりとした蛇を前にして、藤雪は漸く我に返ったのか、暴れて乱れた毛並みを整えていた。
前足の毛並み、後足の毛並み、足の付け根から、尾の先、顔の毛並みに至るまで入念に毛繕いをするその様もまた可愛らしい。
知的で大人しいのに、勇ましく強く、可愛いなんて最高の猫だ。ああ全く、俺に預けて譲ってくれた爺さんには感謝しても仕切れない。
知れば知るほど大事に思う。長く付き合えば付き合うほど、離したくなくなってしまう。不思議で変わった猫だが、それを補っても余りあるものだ。
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