逕庭の猫

□城と猫とお仕事と
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 ほぉ、と深く嘆息しながら、俺は室内を物珍しげに見渡した。
 構造もそうだが、城と呼ばれる『もの』の見事さは猫の身でもよくわかる。
 よく磨かれた一本柱の表面はつやつやと光り、埃一つ無く掃除が行き届いている。
 畳の目は細かく細緻。薫るい草独特の匂いはまだ真新しいように感じた。
 気持ち程度に飾られた生け花は綺麗に整い過ぎて少しばかり落ち着かない空間を緩和している。

「“城”というものは面白いな政宗」
「…そーかぁ?仕事ばっかりでんなこと思った事ねえなぁ」

 だらりと文机に片肘をつき、真っ白なままの紙面から目を反らすようにして舌打ちして政宗はぶすくれていた。
 数時間前、「暇だから」散歩でもしようかと俺と算段していたところに小十郎に掴まってこの部屋に押し込められたからだろう。
 文机の上には筆と硯以外に、何やら色々な巻物であったり、手紙であったり、たくさんのものが並んでいた。
 小十郎の雷の落ちた瞬間を思い出す。全然暇ではなかったではないか。
「かったりぃなぁ」
「城主なのだから働け」
 そのまま筆遊びでもしだしそうなやる気のない男の膝の上に腰を降ろす。
 文机の上の文字は読むには俺にはまだ難解だ。
「さっさと終わらせろ。…散歩に行くんだろうが?」
 障子越しに入ってくる薄明かりはまだ日が高いことを知らせている。
「……OK。さっさと終わらせるとするか」
 やはり言葉は気怠そうではある。が、少しはやる気を出したのか、毛並みを撫でながら硯の墨を筆へと含ませた。
 すらすらと筆が紙面を滑る様を視線で追う。面倒臭そうにしている割に政宗の文字は達筆だ。
「…ところでさっきの話の続きだが」
「Ah〜…城が面白いって奴か?」
「うむ。ここにきて間もない時も気付いていたのだが」
 俺を膝の上に乗せたまま、少しは気も乗ってきたのか紙面を追う眼差しは真剣味を帯び始めた。
「常にどこにでも気配があるのだな」
 この居間には今は俺と政宗の二人きりである。正確には一匹と一人だが。
 しかしやはり他の気配が絶えず周囲を囲んでいるのにも気付いていた。
 遥か上にある政宗の顔を見上げれば、口端を上げているのが見えた。

「Ha、流石猫だな。そこいらの連中じゃ気付きもしねぇのに」
「忍という奴か」
「ま、何もなけりゃ姿見せる事はねぇから気にするな」
 筆は常に紙面へと向けられながら力加減も程々にぐりぐりと頭を撫でられる。
 気にしているわけではないが、それなりに気も使うのだろうか。それは乱暴な動作だがそう嫌なものでもなかった。
 さらりさらりと筆が進む。その筆の行く先に迷いはなく、けして出来の悪い男ではないのだなぁとそんなことを思う。
 …まぁ、何を書いているのかは全くわからんのだが。
 とん、とゆっくりと筆が硯へと戻された。内容を確認しているのか文字を目で追い、唸ってからふぅと息を吐く。
 卓上への桐箱に手を伸ばしたかと思いきや、その手は宙で戻された。
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