売れない三流小説のような日常
□序章:着物で着衣水泳は無理です
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着物で着衣水泳は無理です1
……疲れた。
橋の欄干から身を乗り出すと、大きな満月と自分の顔が川面に映った。
流れに歪められたのを差し引いたとしても、自分の顔は酷く醜かった。
眉間の皺、目の下の隈、やつれて骨ばった頬。
目線を自分の手に移せば、荒れて硬くなった枯れ枝のようなそれ。
夕刻見かけた年頃の同じ女の子達は、もっと血色がよくて、キラキラとしていた。
お化粧をして、ファッション雑誌に載っているような着物を着て。
友達や好きな人と遊んだりするのだろう。
どれも、自分には関係ないものばかり。
そして、この先も得られないだろうと、思う。
羨ましい、のだろうか。
自分は、それを望んでいるのだろうか。
それすらわからなくなってきた。
冷えた夜の空気で肺を満たして、静かに目を閉じる。
閉じた瞼の裏に映ったのは、昔の光景。
優しかった父の姿。
父がどんな風に笑いかけてくれていたのか、もう思い出すことはできないけれど。
……嗚呼。
地獄とは本当にあるのだろうか。
今この時(私の人生)より、辛い世界なのだろうか。
そんなもの、逝ってみないとわからないか。
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