機動捜査隊(頂きもの)

□冬になる前に〜風邪・その後〜
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漸く寝室へ戻った秋葉に、安堵の吐息をついた梶原だったが。
一時間もすると元の木阿弥と化した。
「秋葉さん〜っ!」
『外出する』とはもう言い出しはしないが。
秋葉はそっと起き出しては、室内をうろつき。何か用事がないか物色するのだ。
先程、ベランダに洗濯物を干していた梶原が気がついた時には。
洗面所兼脱衣場の棚にしまってあった洗濯済のタオルを全て引っ張り出し、畳み直していた。
別に乱雑に積んであった訳では決してない。
秋葉の家は、綺麗に整えられているどころか生活感が希薄な程だ。
それなのに。
タオルをわざわざ全て取り出して、角々を寸分違わずきっちりと合わせるようにして畳み直していたのだ。
「もう〜!いつもそのままじゃないですかっ!」
「いつも直したいと思ってても、時間がなかったし…」
「俺がやっておくから、秋葉さんは寝て下さい」
「もうちょっとだから…」
…云々。
繰り返すこと幾度目なのか、考えたくもなくなった梶原だった。
秋葉を寝室に押し戻した頃には、ほとほと疲れ果て。
何かをしようという余力は残っていない。
それでも、休みの日なので掃除機を持ち出し。部屋の隅々まで埃を吸い取らせた。
掃除洗濯を済ませてしまえば、特にすることもなく。
よっこらしょと座って。
つい、うとうとと眠りこんでしまったようだ。

かたり。
僅かな音と肌へ触れる冷気に、梶原の意識が戻る。
見れば、パジャマ姿の秋葉が開いた窓の外を眺めていた。
窓は掃除をした後、確かに閉めた記憶がある。…秋葉が開けたのだ。
梶原の眉が中央へと寄る。
「…そんな所で転寝してると、風邪引くぞ」
「…現在進行形で風邪っぴきの秋葉さんに、そんなこと言われたくありません」
立ち上がり、梶原は秋葉が開けた窓を閉める。
そして溜息を、秋葉に見せつけるように大袈裟についた。
「…なんで、素直に寝ててくれないんですかね、この人は…」
「…昼間、だし?」
心底の嘆きに対する、秋葉の人を食ったような言葉に、ひくりと梶原は顔を引きつらせた。
身の内で―特に頭部で―梶原は、ぷちぷちっと音が聞こえた気がする。
「…」
「ぅわっ!…かっ、じわ…ら?」
無言のままいきなり梶原に抱き上げられ、秋葉は戸惑った声を発した。が。構うことなく梶原は寝室へ続く扉を足で薄く開くと、秋葉ごと身体を捻じ入れる。
そして、ベッドの上に秋葉を下ろすと、掛け布団の下の毛布を引き出し。それで秋葉の身をすっぽりと包んでしまった。
仕上げに。後ろから抱き締め、秋葉が藻掻いても抜け出すことが叶わないようにして梶原は。
破顔一笑した。
「これなら。おとなしくしててくれますよね、秋葉さん」
機嫌を治した梶原とは逆に、今度は秋葉が眉をひそめる。
「…眠く、ないんだけど…」
言葉尻にこほっと咳が続いた。
「風邪にはたっぷりの休養と栄養が大切なんです。おとなしく寝てて」
まぜ返す秋葉に動じることなく、梶原は正論を突く。
「…眠くない。…眠れ、ないし…」
困惑して秋葉は。到頭本音を吐露した。
「…じゃあ眠らなくてもいいから。身体を休めて、ね?…仕事に影響あったら、困るのは秋葉さんでしょう?」
実際には、秋葉が仕事に意識を切り替えてしまえば。
例え高熱を発していたとしても気力だけで乗り切ってしまうだろう。
そんなことはよく分かってはいたが。
梶原はおくびにも出さない。
代わりに秋葉の身を案じているのだと訴える。
「…エアコンの所為だと…思うんだけど、喉がイガイガする、から…」
諦めて身体から力を抜いた秋葉が、けふんと咳をしてからぼそぼそと言った。
「加湿器、今度買いましょうね。でも、とりあえず。…起きちゃ駄目ですからね」
梶原は起き上がると秋葉にそう念を押し、扉の向こうへ消えた。
そして、言い付け通りじっとしていた―本当は少々だるいのもあり動く気もおきなかった―秋葉の耳に、何やらガタゴトと小さく音が聞こえ。
続けて、水音が耳に入った。
何をしているのだろうと、秋葉は毛布ごと上半身を起こす。
「もう、また起きようとしてるし…」
片手に洗面器を持った梶原が扉を開け、呆れたように言った。
洗面器からは、湯気が淡く立ち上っている。
「いや、これは…」
秋葉は弁明しかけ、止めた。
起きたことに代わりはない。
梶原は咎め立てたりすることなく、秋葉の目線が注がれている手元の洗面器の説明をした。
「…簡易加湿器ですよ。要は湿気を増やせばいいかなと思って」
ふーんと、気のない天邪鬼な秋葉の返事に苦笑して、もう片方の手に持っていたタオルを棚の上に広げて下敷きにすると、洗面器を載せる。
「…一人だと、寂しいんでしょう?」
病気の時ってそうですよね。
再び後ろから抱き込まれ、穏やかな声が聞こえた。
「…別に」
「また、そんな強がり言っちゃって」
くすりと笑う吐息が秋葉の首筋を撫でる。
そくそくと寒気を感じる中、背中だけが温かい。
その温もりをもっと得たくて。
秋葉は梶原の肩に頬を触れさせ、目を閉じた。



束の間、眠りに落ちていたらしいと、秋葉は目をしばたかせ思った。
カチ、カチ、と小さな音が視界の外から聞こえている。
「…そのまま、寝てて大丈夫ですよ」
もぞりと動くと、梶原の右腕が自分の身体を支えていたことに気付く。
「…何の音、だ?」
洗面器でも多少は違うのか。秋葉が声を発しても、喉のかせた感覚は殆んどなかった。
「ああ…すいません。ケータイでちょっと市場調査を」
右手は秋葉でふさがっているのだから、当然左手だろう。
見れば。
慣れない左手で梶原は、それでも器用に携帯電話を操作していた。
「市場調査?」
「ええ。加湿器、今の主流と相場がどんなものかと思って」
画面には、超有名家電店のオンラインショップが表示されている。
「…本気で買うのか?」
「風邪の予防にもなりますし。あるに越したことはないじゃないですか」
また、物が増える…。
一瞬だけ、秋葉はそう思ったが。口にはしなかった。
梶原がこの部屋に居着いてから―言う程いる訳では実際なかったが。休みの前日から休日の、用事のない時だけだ―というもの日常的な、平たく言ってしまえば生活感溢れる品々が着実に増えていた。
それもまた、あればあったで使い勝手の良いものばかりで。
正直、嫌な気はあまりしない秋葉だった。
「…どんなのが、ある?」
秋葉の遠回しな諾の言葉に、梶原は目を細める。
「えっと…見ながらの方が分かり易いと思うんで…」
梶原はゆっくりと左の親指で携帯電話を操作する。
カチ、カチ、カチ。先程聞いた音と変わらない。
そして梶原は、自分でピックアップしていた商品を表示し、秋葉が見易いように近付けた。
その優しさに甘えて。…かったるさも手伝ってはいたが、秋葉は梶原の肩に頭を軽く凭れる。
そうして、言ってみた。
「見えない…」
「もっと身体預けちゃって大丈夫ですよ、秋葉さん」
支えますから、ちゃんと。
そう言いつつ梶原は、秋葉が見易い様に携帯電話を再度動かしてくれる。
何だか…とても甘やかされているかも、しれない。…年上なのに。
でも、嬉しいと感じる気持ちが秋葉の胸の中にどうしようもなくあった。
だから。
携帯電話の画面を操作しながら、解説する梶原の胸元にすり、と擦り寄ってみた。
「擽ったいよ、秋葉さん」
秋葉の髪が皮膚に当たるのだろう、少しだけ梶原が首を竦める。
「…次のお薦めは?」
それに気をよくし。
秋葉はすりすり、とコットンの布地の感触を快く思いながら、梶原に次を促した。

風邪

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